2021年10月2日土曜日

【魚突き】密漁と遊漁の境界

魚突きは大切な遊び

日本の豊かな自然を感じる機会を得ることは,自然を畏れ敬ってきた日本人にとって大切な行為だと思う. 予め準備された有限種の効果音や場面で構成されるテレビゲームから得られる刺激とは異なり, 無限の情報を含む自然と触れ合うことで得られる教師信号は子供時代の人の脳を効果的に学習させるに違いないし, 人工物が一切ない自然の姿は1万年前の縄文時代から変わらぬ普遍的なものを見せてくれるはずだ. 魚突きをするということは,単にスーパーで買えば数百円の魚をタダでゲットできるという低俗な行為ではない. 危険な磯で魚と共に泳ぎ,生き物を殺して食べるという狩猟採集時代の当たり前の行為を通して, 人とは何か,命の大切さ,自然の恐ろしさを知る事ができる遊びだと思う.

魚突きは違法なの?

魚突きなんか全くやった事ない人に,魚突きの話をするとすぐに連想されるキーワードは芸人よゐこ濱口「とったどー」という雄叫びと「密漁」というキーワード. 何で密漁のイメージが付いてしまうのかは不思議だ. ただ実際に都道府県によっては魚突きが禁止されている県も多く,その県でやると密漁ということになる. 自分の場合は,そもそも各県の条例で魚突きが禁止されている事すら知らずに大人になり, ある日,魚突きをする海水浴客が多い浜辺でなんの躊躇もなく突いた魚とタコの写真をFacebookに掲載したところ, 友人からそんなもの公開したら海上保安庁に逮捕されるよと注意を受けたことから,条例の存在を知った.

それでも,そんなの大丈夫でしょ.よっぽど酷い密漁目的の人だけが咎められるだけでしょ?と思って,海水浴場で魚突きを続けていた. ある日,漁師が船を寄せてきて「取っているものを見せろ!」と怒鳴ってきて「海上保安庁を呼ぶぞ」とか「こんな所で泳ぐな」とか言われた. これをきっかけに,さすがに「泳ぐな」と言われる筋合いはないだろう,法律を知らないと反論できないと思い,初めて法律がどうなっているのか興味を持ち始めた. 最初は,ネットの記事なんかを読みあさっていたけど,曖昧なことばかりで結局どこまで良くてどこからがダメなのか良くわからない. 結局は地元の漁業協同組合に確認をとった方がいいと書いてある. 条例で定められているなら県庁に聞けばいいはずと思って,県の水産課に問い合わせても「条例では〇〇ですが,地元の漁業協同組合に確認とって下さい」と言われた.

はぁ?何で違法かどうかが漁業協同組合の一存で決まるのか?明文化された法律はないのか?日本は法治国家じゃなくて漁師さんの機嫌で密漁者扱いされてしまうのか? さっぱり分からなかった.そこでちゃんと条例を読んでみよう.読んで理解した事をここにメモしておこうとなった. 更に,魚突きをしていて海上保安庁職員と話したときに教わった事も非常に有益なのでここにまとめておこうと思う. 大丈夫!条例で許可されている県では,魚突きは合法です.

遊漁と密漁との境界線

まず「漁業権」の意味を知ろう

まず,大原則として海には所有権はないことを知っておこう. これが法的に確定したのが割と最近の最高裁昭和61年12月16日判決で,次の判決文は海に所有権は無いことを言っている.

海は、古来より自然の状態のままで一般公衆の共同使用に供されてきたところのいわゆる公共用物であつて、 国の直接の公法的支配管理に服し、特定人による排他的支配の許されないものであるから、 そのままの状態においては、所有権の客体たる土地に当たらないというべきである

多くの漁師さんはこの事実すら理解していないのがトラブルの原因の一つでもある. ある海の特定の領域で漁業をするための権利(漁業権)が,県知事から各地域の漁業協同組合に付与されているだけ. つまり,海は国民の共有財産なのである.

しかも漁業権が設定されているのは,沿岸の特定の領域だけで,沿岸であっても漁業権が設定されていない海域もある. どこにどのような漁業権が設定されているかは,海洋状況表示システム「海しる」で確認することができる. ただし,これを見ると無人島であろうが沿岸という沿岸は,ほとんどすべて漁業権が設定されていることが分かる.

とはいえ,これらを見ると,なぜ魚突きが密漁などと言われるのか?どういう方法だと違法になるのか?違法じゃない県でも漁師に違法だと言われたりするのか? などの疑問をネットで探しても曖昧な説明しか見当たらないの理由が理解できる. そもそも昭和61年まで海の所有権が法的に曖昧なままで,その事実や漁業権という言葉の意味すらまだまだ一般人どころか漁師さんにすら理解されていないということが原因だったのだ.

漁業調整規則を見よ!

魚突きにどんな道具を使っていいのかは漁業調整規則を見れば分かる. 漁業調整規則は,基本的には漁業権を持つ人(漁師さん)の漁法を制限する規則だけど,漁業権を持たない人の漁(遊漁)の事も書いてある. 各県の漁業調整規則は「漁業調整規則 大阪府」などのように検索すれば簡単に見つかる. この漁業調整規則を全部読むのは頭が痛くなるという人も少なくないだろう. そんな人におすすめなのは,漁業調整規則の「遊漁」に関する部分のみを読んで見ること. 県別(関西のみ)に分けてまとめたものがこちら. この中で福井県のものがこれになる.「漁具漁法の制限」つまり使っていい道具と悪い道具が書かれている.

(遊漁者等の漁具漁法の制限) 第四十八条 漁業者が漁業を営むためにする場合もしくは漁業従事者が漁業者のために従事してする場合または試験研究のためにする場合を除き、水産動植物を採捕する場合は、次に掲げる漁具または漁法によらなければならない。
一 さおづりおよび手づり(まきえづりを除く。)
二 たも網またはさ手網
三 投網(船を使用しないものに限る。)
四 やす、は具
五 徒手採捕(照明器具を使用しないものに限る。)

とある.「次に掲げる漁具または漁法によらなければならない」として挙げられら道具に「やす」があるから「やす」はOKということになる. もっと簡単なのが水産庁がまとめているこのページ. 使える道具の比較が表でまとめられている.

「やす」と「もり」は別物?

これらを見てもイマイチ言葉の定義の範囲が定まらなくて,結局自分の道具がOKなのかどうか分からない場合がある. ただ,単語の解釈の話になるともはや県別の運用(定められた規則をどのように使っていくか)方針の違いになってくる.

  • 「やす」と「もり」は別物?
  • ゴムは「発射装置」なのか?
  • チョッキ銛は「先端が固着」している?

漁業調整規則には「やす」とあるけど,魚突きに使う道具で似たような言葉として「銛(もり)」がある. 「手銛」という言葉もある.語源を考え出しても意味がないかもしれないが「やす」はいわゆる「手銛」の意味で使われており, 「もり」は発射してくじらを捕まえるようなものをイメージして使い分けられているっぽい.

例えば,広島県水産課「「やす」の使用について!」のページでは, もりとやすを区別しており,3つ又の銛先の棒にゴムがついたものが「やす」,水中銃や銛先が外れるチョッキを用いたやすは「もり」に該当して使用不可と明記されている. 一方,京都府「一般の方が出来る漁具・漁法」のページでは, 「もり」と「やす」を区別しておらず,ゴムがついた「やす」でも手から離さないように使用すればOKとある. 高知県漁業管理課の「遊漁者の漁具・漁法」のページ中に掲載されている「遊漁者による「やす」の使用について」では,「ゴムを手で引き伸ばし、その反発力のみで発射するもの」を明確に認めている. 一方,ゴムを使っていても引き金を用いる物(水中銃)は認めていない.柄を手から離す云々の記述はなく全く問題なさそうだ.

以上のように同じ「やす」でも微妙に解釈が異なる. 海上保安庁の方の説明によると,このような解釈の曖昧性が残る細かい部分でいきなり逮捕されたりすることはないとのこと. 共通して言えるのは水中銃は明確にダメだということ. 日本のダイビングショップやネットショップで販売されているが漁業権を獲得しなければ水中銃が国内で使える場所はない

タコは違法,イカはOK

では,採ってはいけないものはなんだろう?大抵の場合,「貝や海藻などの採取禁止」などと書かれており「など」に何が含まれるのかが分からない. 漁業調整規則とか法律とか細かい事は苦手という人でも簡単な見分け方がある. ざっくり言うと,地面にくっついているものは駄目で,海中を泳いでるものはOKということ. だから,地面にへばりつくタコは摂ってはいけない.一見よく似た生物であるイカは泳いでいるからOKということになる. 他にも,地面にくっついている生物として,貝,伊勢エビ,海藻などは基本的に駄目. とはいえ,地面にへばりついているカサゴなんかは,魚扱いでOK.この辺りは屁理屈だけどしょうがない..

漁業権の侵害は「親告罪」

これも海上保安庁の方から教えてもらった大事なこと. 漁業権の侵害は「親告罪」.親告罪とは告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪のことで, 要するに漁師さんが裁判所に告訴して初めて,犯罪が成立して被告になる. 裁判所が有罪と判決すれば犯罪者になるということ. だから,海上保安庁が密漁している人を見つけても,まずその海域の漁業権をもつ漁業協同組合に連絡し,告訴しますか?と聞いてから組合が告訴すると言わなければ犯罪にならない. 逆に言うと漁師さんと仲良くなったり,渡し船等でそれなりの料金を払っていれば告訴されることはないので,そもそも犯罪にならないということ.

法改正で密漁が懲役刑も

さて,密漁と遊漁の境界を明確にすべく微妙な部分ばかり話して来たが, その境界を大幅に超えてしまうと飲酒運転よりも厳しい罰が待っている. 特に,平成30年(令和2年12月1日施行)の法改正で密猟行為が厳罰化された.これにより

  • 「特定水産動植物」に指定されるアワビ、ナマコ、シラスウナギを無許可で採ると3年以下の懲役又は3,000万円以下の罰金
  • 指定されていないものでも貝やウニ,海藻などを採ると100万円以下の罰金

が課せられることになった. 要するに高価なものは懲役3年,安いものでも100万円とられる. 懲役刑をくらえば会社員なら一発で懲戒解雇処分だろう. 知っていればちょっとくらい良いだろうとは思えない重い罰. 少なくとももっと周知されてもいいのになと思う.

それでも漁師さんとはトラブルになる

たとえ上記の「密漁と遊漁の境界」を理解し, 規則を守っていても漁師さんが見回りにやってきて「お前らなにやとんじゃー」といきなり密漁者扱いでどなり散らしてくる. そして二言目には「海上保安庁呼んでもいいんだぞ」と脅しをかけてくる. そこでどのように漁師さんや海上保安庁と接すれば良いか?海上保安庁の方のアドバイスをメモしておきたい.

漁師さんの行為が違法になることも

漁師さんからしてみれば,魚突きをする遊漁を見たとき江戸時代より与えられた自分たちの村の海によそ者が勝手に入ってきて,無断で魚を横取りしているという気持ちになる. 彼らの正義感からついつい,やりすぎてしまうこともある.次のような行為はそれ自体が違法.

  • 体を触って泳ぐ事を止めさせる
  • 魚突き道具を勝手に没収する
  • 魚突きをしていた人を船に乗せる
  • 船を必要以上に近づけて威嚇する

漁師に警察権が委任されている訳じゃないので,漁師さんができることは貝を取らないように注意喚起することと, 密漁者を見つけたら海上保安庁に連絡して逮捕してもらうことしかできない. 出来ることは一般人と同じ.それ以上のことをしてきたらそれ自体が違法の可能性があることを伝えた方がいい.

特に海上保安庁の方からアドバイスされたのは,絶対に船に乗ってはいけないということ. 漁師さんと遊漁者共にナイフを持っているのでつかみ合いなどから傷害事件に発展することもあるらしい. 漁師さんから何か言われて引き下がらない場合は,すぐに海上保安庁を呼んでほしいとのこと. こういった行為をされそうになったら迷わず海上保安庁を自分で呼ぶか,呼んでもらうように言いましょう.

海上保安庁は敵ではない

京都舞鶴で漁師さんに怒鳴られて,一人が船の上にあがらされて海上保安庁を呼ばれたことがある. その時なかなか海上保安庁が来てくれないということで漁師さんも激昂し「何で車で来てるんだよ.船で来いって言っただろう!」と怒鳴っていた. 海上保安庁の方からしてみたら船の上に上げて拘束してしまうのは監禁罪に当たる可能性があってやっては行けないことだと教えてくれた. そうした事がより大きなトラブルに発展し,漁業権を守るつもりが人命を落としてしまう事になるのだけは避けたいという感じだった. だから,とにかく我々(海上保安庁)を呼んでくれと.漁師さんと遊漁との間に入って法律にそって対応し,それ以上の問題を作らないことが仕事なのだ. だから海上保安庁を敵だと思ってはいけない.密漁者から漁業権侵害を防ぐとともに,魚突きをする我々を守ってくれてもいる.舞鶴で出会った海上保安庁の方は我々にこう言った.

「こんな事になって気分が滅入ってしまったのではないですか?大阪方面からわざわざ来られたのに,これで魚付きをやめてしまうっていうのは勿体ないですよ. 魚突き自体は全く問題ありませんので,是非,この後も魚付きを再開してください.もし再度漁師さんに妨害されるような事があれば,何度でも我々を呼んでください.」

めちゃくちゃいい人じゃないか...もうやめようかなと思ってたけど思い直した.何も悪いことはしてないんだと.

本当の敵は悪質な密漁者

魚突きをする人がここまで読んだら,漁師憎しになってしまったのではないだろうか?でもそれも間違い. 漁師の立場に立って考えてみて欲しい.海水浴場でもないところで泳いでいる人を見つけたら密漁者の可能性がある. しかも船の上からじゃ何をやってるか見えないし,貝を取っていてもすぐに捨てて証拠隠滅してしまう可能性もある. 乱獲により漁獲量が激減してる地域や磯焼けしてダメになっているところもある. なんとかしなければという良心からやっているのである. 若くて元気があって一見ガラが悪くても,多少法律の知識がなくてやりすぎる事があっても,悪い人ではないのである.

じゃ誰が悪いのか?それは,違法性を知りながら貝を大量に取っていく悪質な密漁者. 一人では到底食べきれない量の貝を取っている人を見たことがある. 暴力団が関与しているしている事が多いそうだ(参考). こういう人がいなければおそらく漁師さんも貝を1つや2つ取ったくらいでは文句言ったりしなかっただろう. 現に祖父の時代はそんな事は全く言われなかったという. だから,そういう人たちが我々の敵なのである.こういう人たちを減らし,漁師さんと理解しあうようになることが理想だと思う. 密漁者を見つけたら即海上保安庁(電話番号118)に連絡しよう! ただし,写真や動画などを取って証拠を残すと裁判で証言しなければならなくなるらしい. なのでとにかく見つけたら通報することが一番良いと海上保安庁の方が教えてくれた.

参考資料